就活で見たいアニメが見られない・・・というか時間が無い

タイトル通りです

就活で見たいアニメが見られない毎日を送ってます・・・

といっても、普通の人からすればかなり見てる方なのでしょうけれど(何作品か見直したりしてるので)

ですが、私としては見たいアニメが全然見れてません・・・

二倍速にしたり二話同時に見たりすればなんとかなるのでしょうが、そんな事出来ないですししたくありません(じっくり見たい派)

Reゼロ・カバネリ・ネトゲの嫁etcもう夏アニメが始まってしまっているというのに見終わらないアニメたち

就活にこれだけ時間をとられ、アニメを見れないと言う事は、就職したらこの趣味はどうなってしまうのか

就職してこういった趣味を辞める人が多いのも納得です

だって、時間が無いんだもの

だけど、やりたい事するにはお金が必要で大人にならないと稼ぐ事もままならない

世の中矛盾だらけです。

趣味を続けるとして、

夜中まで起きてやっと自分が満足出来るのであれば

私死んじゃいます・・・

それはもう、体力的な意味で・・・

いつからこんな事になってしまったのやら。(中学1年からだよ悪いか!!)

時間的に、切り捨てなければならない事を探すか・・・(それで友達少ないんだよ悪いか!!)

ただ、そうすると自分が自分でなくなるような気がしてくるんですよね(今まで捨ててきたものが多いから、趣味続けてこれたのにそれを捨ててしまったらねぇ・・・)

一日が36時間だったら今よりもやりたい事出来るんだけどなぁ

人生を謳歌するって、どういうルート分岐を踏めば叶うんだろうか難しい選択です。

やり直しも効かないし・・・

果たして、どうすればいいのやら

~追記  というか自分なりの結論(鬱になる人もいそうなので以下閲覧注意)~

人生で一番必要な武器は、時間の使い方を熟知する事だと改めて実感(人生は有限である)

しかしながら、

人を動かして自分の時間を作る事(家政婦を雇えば家事の時間が省ける 他)

→それをするには人を動かすだけのお金がある事

→生まれながらにして手に入れるか、リスクを冒して手に入れるかの二パターン(リスクはギャンブルに出る事 起業することも多大なるリスクを冒すためギャンブルである)

→つまり、基本的に生まれながらにして勝ち負けは決まっている(これに行きついてソウルで自殺した学生いたような?)

要するに、大多数の人は自分のしたい事が出来ないで人生が終わる。

そして、平和である日本において自殺が多い理由でもあると私は思っている。

ちなみに、アニメやマンガ・ゲームなどの空想上のものを馬鹿にする人や呆れる人は、

それに価値を見出さないから馬鹿にする。

そして、それは人間として時間を上手く利用している者が感じる正常な感覚であると私は知っている。

なぜなら、他人の空想に自分の時間を使って共感しているのだから、極端な話時間の無駄であるからだ。

しかしながら、日本の教育は他人の話を尊重するように教育され、時間を利用しても良いという事を心に植え込む。

例えば、広島などの語り部を修学旅行のメニューに入れるといった事は最たるものである。

そのメニューでは、我々が体験してもいない70年も前の話を語り部の記憶を頼りに聞き、それをありがたがる。

それは、語り部の記憶が頼りなので”盛っている”部分、つまりは語り部自身が創作している部分も含まれている可能性が高い。

なぜなら、語り部自身しか知らない話である上に記憶が頼りだからだ。

その話をありがたがるのは聞き手側が選ぶ権利があるはずなのだが、修学旅行のメニュー内に入れる事、つまりは学習の一環とすることでありがたがる事を強制している。

我々はそういった他人の話に時間を割くように教育されており、更にそのように脳が変化させられているとも言える。

ちなみに、今の私は、語り部の話を頭の中で想像しストーリーとして再生する事が好きであるが、脳が変化させられたからかもしれない。

また、一度アニメやマンガ・ゲームのみならず、”楽しい”と快感を感じてしまうと人は大抵依存してしまう。

好きになると言う事は依存すると言う事であるのと同じである。

これは、先に述べた「共感の強制」では無く”自ら”選択しているため余計にたちが悪い。

だから、私はこの趣味を捨てられる日は来ないだろう。

麻薬のように、大麻のように依存してしまっているから。

そして、これが時間の無駄であると気づきながらやめられないのは以上二点が原因であるだろうと言い訳の材料としてストックしておく。

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